創作小説サークル「森の箱庭屋」の情報を掲載
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仕様:B6版34ページ
価格:200円
発行者:土岐(Crooked 100 Miles)
発行日:2008/11/16(COMITIA86新刊)
◆あらすじ
目を閉じて、赤い砂漠を見るといい。
そこには一人の女と、一頭の驢馬と、流浪の王がいるはずだ。
──火の名の女、火を盗む者、火を求める男。
あるときは鍛冶師の村の娘として、あるときは鉄道王として、あるときは主を裏切った奴隷として。時空を越え、輪廻にも似て出会い続ける3人の幻想短編集。
サイトに掲載中の『プロメテウス』を大幅に加筆修正しました。
価格:200円
発行者:土岐(Crooked 100 Miles)
発行日:2008/11/16(COMITIA86新刊)
◆あらすじ
目を閉じて、赤い砂漠を見るといい。
そこには一人の女と、一頭の驢馬と、流浪の王がいるはずだ。
──火の名の女、火を盗む者、火を求める男。
あるときは鍛冶師の村の娘として、あるときは鉄道王として、あるときは主を裏切った奴隷として。時空を越え、輪廻にも似て出会い続ける3人の幻想短編集。
サイトに掲載中の『プロメテウス』を大幅に加筆修正しました。
本文サンプル
小さな村は闇に沈んでいた。
小さな岩陰と小さな泉、赤砂岩の煉瓦で出来た小さな家々、甘い香りの果を付けた覇王樹の垣根──それが、小さな村のほとんど全部だった。垣根の切れ目には夾竹桃が一株咲いていて、花陰に灰色の驢馬が一頭繋がれたままになっていた。
驢馬の耳がぴくりと震えた。眠りながら首をもたげて驢馬は鼻を鳴らし、夢の残滓を噛みながら、彼方から近付いてくる足音を聞いた。
人だ。厚い外套と頭巾に身を包んだ旅人だ。
小さな村を訪れる旅人など滅多に無いことだが、全く無いことでもない。驢馬は、それをただの人だと思うことにして思慮深く頭を垂れた。驢馬は驢馬だ、番犬ではない。
旅人は遅々とした歩みを重ねて、やがて覇王樹の垣根の内側に入り、驢馬の傍らで止まった。
「どうやら、この村は蜃気楼ではないようだ。こうして辿り着くことができたのだから」
「ええもちろん」と驢馬は礼儀正しく寝言を返す。「もちろん蜃気楼じゃありませんとも。わたしは蜃気楼に住みたいとは思いません。でも、あなたが蜃気楼に行きたいと望んでいるなら、その二本足ではなく驢馬の四本足を使うことをお薦めしますよ」
旅人は笑った。地平の彼方の風のように、低く乾いた声だった。
「そうだろうとも。驢馬ほど愚直なものはない。蜃気楼は浮薄の都だ。蜃気楼への道を踏み誤らずに辿ることができるのは、驢馬の辛抱強い四本足しかあるまいよ」
そう言われれば驢馬も悪い気分はしなかったが、果たして本当に褒められたのかどうか今ひとつ確信が持てなかった。驢馬は遠慮がちに耳をひくつかせるに留めた。人であれば軽く肩をすくめたというところだ。
「ですが、わたしには主がいるのです。あの人の許しが無ければ、あなたの旅のお供は出来かねます」
「安心しろ、差し当たり蜃気楼に用はない。俺の目的はその主人とやらだ。それがもしも、火の名で呼ばれる女なら」
無礼にならない程度に優しく、驢馬は鼻を鳴らした。さもあらん、舞い上がらなくて正解だ。
「ええまあ、主はそういう名で呼ばれることもあったかもしれません」
驢馬の答えを聞くと、男はたった今まで話していたことなど忘れた様子で、村の中心に向かって足早に歩き出すのだった。外套に隠した剣を握り締め、猛々しく震えながら。
夾竹桃の花影にうなだれて、驢馬は夢うつつに嘆息した。
(本文p.7~8より)
小さな村は闇に沈んでいた。
小さな岩陰と小さな泉、赤砂岩の煉瓦で出来た小さな家々、甘い香りの果を付けた覇王樹の垣根──それが、小さな村のほとんど全部だった。垣根の切れ目には夾竹桃が一株咲いていて、花陰に灰色の驢馬が一頭繋がれたままになっていた。
驢馬の耳がぴくりと震えた。眠りながら首をもたげて驢馬は鼻を鳴らし、夢の残滓を噛みながら、彼方から近付いてくる足音を聞いた。
人だ。厚い外套と頭巾に身を包んだ旅人だ。
小さな村を訪れる旅人など滅多に無いことだが、全く無いことでもない。驢馬は、それをただの人だと思うことにして思慮深く頭を垂れた。驢馬は驢馬だ、番犬ではない。
旅人は遅々とした歩みを重ねて、やがて覇王樹の垣根の内側に入り、驢馬の傍らで止まった。
「どうやら、この村は蜃気楼ではないようだ。こうして辿り着くことができたのだから」
「ええもちろん」と驢馬は礼儀正しく寝言を返す。「もちろん蜃気楼じゃありませんとも。わたしは蜃気楼に住みたいとは思いません。でも、あなたが蜃気楼に行きたいと望んでいるなら、その二本足ではなく驢馬の四本足を使うことをお薦めしますよ」
旅人は笑った。地平の彼方の風のように、低く乾いた声だった。
「そうだろうとも。驢馬ほど愚直なものはない。蜃気楼は浮薄の都だ。蜃気楼への道を踏み誤らずに辿ることができるのは、驢馬の辛抱強い四本足しかあるまいよ」
そう言われれば驢馬も悪い気分はしなかったが、果たして本当に褒められたのかどうか今ひとつ確信が持てなかった。驢馬は遠慮がちに耳をひくつかせるに留めた。人であれば軽く肩をすくめたというところだ。
「ですが、わたしには主がいるのです。あの人の許しが無ければ、あなたの旅のお供は出来かねます」
「安心しろ、差し当たり蜃気楼に用はない。俺の目的はその主人とやらだ。それがもしも、火の名で呼ばれる女なら」
無礼にならない程度に優しく、驢馬は鼻を鳴らした。さもあらん、舞い上がらなくて正解だ。
「ええまあ、主はそういう名で呼ばれることもあったかもしれません」
驢馬の答えを聞くと、男はたった今まで話していたことなど忘れた様子で、村の中心に向かって足早に歩き出すのだった。外套に隠した剣を握り締め、猛々しく震えながら。
夾竹桃の花影にうなだれて、驢馬は夢うつつに嘆息した。
(本文p.7~8より)
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